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考える鱒

モラトリアム文系院生のつぶやき

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「学生団体に入るべきではない理由100パターン」を読んで考察する17パターン

先日、ネットサーフィンしていたらこんな記事に出会ったのです。

 

学生団体に入るべきではない理由100パターン | モッケイエンタテイメント

 

はっ?100個?っていうタイトルにつられて読んでしまった。

そうしたら長文にもかかわらず、すらすら読めてしまいました。

しかも、2013年の記事とのこと。3年前だったのか(笑)

 

全体を通して、この記事でかなり考えさせられました。

「学生団体に入るべきではない理由」で100パターン出したアイデアは本当に尊敬しますが、そのすべてが自分に刺さったわけではないので、そのいくつかを挙げて考えたいと思います。

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「学生にしかできないことをやりたがるわりにはビジネスマンごっこばかりやっているから」 

 →いや、1個目からあぁ確かに、って思いました。

 さらに解説を読み進めて何か脳が活性化されました(笑)

確かに社会に出ればほとんどの人間は代わりの効く平凡なビジネスマンになる。
そういう「自分は平凡な存在なんだ」という自覚があって、その上で平凡な存在という役割を全力でこなすために学生のうちからそういう経験を積んでおく、という「平凡になる覚悟」があってのその行為なら立派だとは思うけど、学生団体はそうじゃない。
才能も度胸もないのに自分こそがオンリーワンでナンバーワンの存在だという主張は絶対に曲げないし、それどころか自分達よりも何倍も立派であるはずの平凡な人を冷笑的に見ている。

言ってることとやってることがものすごくちぐはぐなのに、それを自慢げに他人に語る……

→確かに、「自分はすごいことしている」とまではいきませんが、ナルシストというかやたらポジティブな人が多いなぁって印象はあります。さらに、「学生団体立ち上げてすごいですね」と周辺からも社会人からも言われるけど、それはお世辞か嫌味のどちらかなんだろうけど勘違いして自信になる雰囲気があったりしますね(これは一様に悪いとは言えないけど)。

 

「常に安全圏でぬくぬくと過ごし、リスクを背負う覚悟が無いから」 

→わかります。他の団体や社会人とも絡んでいるやん!とも思いますが、なんだかんだで「団体に合う」「空気が似ている」人としかつるまない印象が・・・

 そもそも「学生団体」という名称がすでに覚悟の無さを物語ってはいないかい?
学生であることを大義名分にし、我が物顔で好き放題やる一方で、責任やミスや面倒事が発生すると「でも僕たちは学生ですから」と大人に丸投げするだろう。
そういう人たちに限って「学生に理解のある大人」しか認めないんだよね。

→解説の文章が激烈クリティカルすぎてやばいです。

まぁただ、「学生だから失敗も許されるからとりあえず挑戦してみる」のは悪いことではないかと思います。チャレンジできる環境なのは確かなので。

 

「リーダーシップはあっても当事者意識は無いから」 

 →これは、学部のころ体育会部活やっていて今学生団体やっていると、違いに気づいたので改めてそうなんだなぁ、ぐらいですが。まさしくそうだと思います。

 

やたらと役職を作り、肩書だけは立派という日本の悪しき伝統が脈々と受け継がれているから 

 →わかります。とりあえず役割分担して名前つけるの大嫌いです(笑)

 なので、大学広報の方は役職ありません。あってもいいですが、それは先に決めるものではなくて、実際に活動していって自然に「この人ならなんでもわかる」「この人が仕切っているな」となって肩書きがつくものではないでしょうか。

 

真っ当な批判がくると「新しいことをやると必ず批判がある、でもおれたちは負けない」といったようにいまいち噛み合わない頑張り方をするから 

 →何も変化する根拠もなしに、ただ頑張ろうというのは無能なリーダーだと思いつつチームをまとめています。ちゃんと改善できるアイデアを話さないとモチベーションにもつながらないとは感じます。

 

「他のやつらと違う俺達」的連帯感があるから 

 →まぁどこのサークルでも、「うちらはキャラ濃いメンツ」みたいなこと言っていますよね。それを言っている時点で厳密にはキャラ濃くないんですよね。「特別感」みたいなのを出したいのって、承認欲求から来るんでしょうか。

 

失敗したら落ち込んで励まされて「決意」を新たにするだけだから 

 →わかります。特にこれはスポーツやっている人でもあるのでは。「大会で負けて悔しかった、頑張ろう」とだけ思う人とか。自分やりがちなので注意します。

 

⑧⑨

傍目には明らかに無意味に見える議題のミーティングを頻繁にするから 

 

例えば、それぞれがこの学生団体に入った理由+感想を言い合うなどだから 

 →セットで載せます。何が悪いかって、ユーザーというかステークホルダーに意識がいってない点ですよね。周囲からしたら自己満に見えます。まぁこの間少しだけ「入った理由・これからやりたいこと」を聞いてしまいましたがww

 

素人なのに金と時間をかけてものを作らないから 

 →めっちゃわかります。それどころか「他のこともやっているから時間がない」というのを言い訳にして、プロダクトそのものに対する責任を逃れようとします。「時間かけたらいいってものではない」「時間かけずにやるのがスマート」みたいに思っている学生が(学生団体やっているかどうかに関わらず)多い印象を受けます。質を上げるためにはまず時間をかけなければいけないのではないでしょうか。

 

多感症かと思うくらい刺激受けるから 

 →別に自己内省する分は多感でいいと思いますが、「こういうことがあったから新たな発見・価値観変わったぜ」みたいにFacebookで投稿する人は「自己満なんだなぁ」と思ってしまいますね。「海外出て価値観変わった」も同じですね。

 

結局内向きのブログしか書かないから

→ユーザー目線が抜けているやつですね。内輪ネタとかわざわざ書かないでください。グループLINEでやってください。自分も気をつけます。

 

団体の理念やビジョンだけは異常に書き込んでいるが実際に何をやっているのかはよく分からないから 

 →結局ユーザー目線じゃなくて、自己満だっていうことですね、これも。ユーザーからしたら、理念やビジョンなんてどうでもよくて、「具体的にどんな事業やっているの?」が関心ですよね。自分もファミマの理念なんて知りません。

 

⑭⑮

キャパオーバーになることは避けたいから今はやめとこうという旨の発言をするから 

 

これ以上自分に負荷をかけて堕ちていく自分を見たくないという旨の発言をするから 

 →自分は「サークルなんて義務でもないからやってもやらなくてもいい、だから好きな奴だけやればいい、やるんだったらガチでやるべき」だと思っています。団体に所属しているアイデンティティを手に入れたいだけで活動しない人は正直いらないですし、戦力構想に入れていません。「忙しいから」の一点張りで仕事を拒否する人とは活動してても互いに無益かなぁと思うのですが、なかなか伝わらないですね。自分の力不足を再認識しました。

 

学生団体が膨らんだ自我の逃げ場になっているから 

 →100の中で1、2を争うぐらい刺さりました。お前バイトもせず研究もたいしたことやっていないのに課外活動なんかやってて、そこで活動しているのは逃げているだけじゃないか?と言われた気がしました。まさしく現在の自分の状態だなぁ、と感じています。

 

ひとりで何かを為すという経験が絶対的に足りていないから 

 →今関わっている団体にはあまり当てはまらないですが、気をつけます。まぁ「サークル」に入るのって、そういった集団に逃げ込んで自分の責任から逃げていると言われてみたら、確かにそうです。

 

以上です。

この記事書いた人は、そうとう学生団体にコミットしたんだろうなぁと思います。そうでもないとこんなに書けないでしょう。

なんとなくですが100パターンは「手段と目的を混合している(逆転している)」点を批判したいのかなと感じました。

定期的にチェックのため見返そうかなぁ。本当にすごいわこれ。