考える鱒

モラトリアム文系院生のつぶやき

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あなたの夢はなんですか。

「あなたの夢はなんですか。」

そう聞かれたとき、自分はいつも戸惑う。

 

文章にするのは苦手でないのかもしれない。

幼稚園の頃は、お金に触れるからという理由で銀行員になりたい、と。

小学校の頃は、野球中継が好きだからという理由でアナウンサーになりたい、と。

中学校の頃は、なんかかっこよさそうという理由で自給自足の生活をしたい、と。

高校生の頃は、特に何も考えていませんでした。職業をそもそもよく知らなかったので、一番知っている学校の先生とかかな?とか書いていた記録があった。

 

ただ、それらは本心でなかった。卒業文集とかで書かされるから、無理矢理作っていた。本気で思うことはできなかった。

 

小6の時に、学年で交代で校長先生とお昼給食を校長室で一緒に食べる機会があった。1回あたり6人ぐらいだったかな。

その時に、校長先生に聞かれた。

「あなたの夢はなんですか。」

多分、毎回聞く質問なのだろう。

同じ会のクラスメートは、ある人は野球選手になりたい、ある人は長生きしたい、そう言ったのを覚えている。

その時に自分は、何も言えなかった。

ただ何も言えず、泣いた。

 

しばらくは聞かれることはなかった。

しかし、今度は就活の面接で頻繁に聞かれることになった。

そこで自分は心にもないことを言った。

「教育を変えたい」と言ったら、この会社では無理だと説教された。

「社会を変えたい」と言ったら、「そういう人たくさんいるけど」と言われた。

言葉もそうだが、演じるのが下手でまるで伝わらない。

これでも、小6の時に比べたらささやかな成長だった。

 

よくいる意識高い就活生は、社員の人に

「あなたの夢はなんですか。」

そう聞いて回って、会社を判断するらしい。

夢持っている人たちと働きたい、そう思うのだろう。

その夢はとても立派だと思う。

 

 

よく小さいころから、「大きな夢を持て、無限の可能性があるのだから。」「諦めなければ、夢は叶う」

そう言われてきた。親から、先生から。

夢をかなえていくストーリーのマンガやアニメだってよく観た。

よく考えたら、面白い話だ。

夢を持っていれば現実は厳しくても夢のために頑張ろう、とモチベーションを上げられるから。

未来の可能性にかける。それは本当に叶うかどうかはさほど関係ない。

夢って、宗教的だ。

信じれば救われるとか、神がどうこうとさほど変わらない。

ということをゼミの同僚と話したのが2年前。

 

やたらめったら「夢の持ち方」「夢の作り方」を教えたり、「夢を語る」イベントが世の中にあったりする。なんでだろう。

FacebookTwitterのプロフィール欄に夢を書いていたり、「夢に向かって前進中」みたいな投稿をする人もいる。なんでだろう。そんなこと気にすること自体が無駄なんだろうけど。

 

また、どうやら夢を持っていたり夢を語る人はモテるらしい。その気持ちも理解できる。けど、モテることが自分の人生の本質ではないような気はする。

 

基本リアリストなんだろう。

夢について考える時間があるのなら、目の前の課題の精度を上げる時間に費やしたい。

夢は正直嫌いだけど、戦略を考えるのは好きだ。この違い・理由はまだわからない。

夢が嫌いなだけであって、心に響く夢を語る奴は基本その他の部分も素晴らしいので人間としては尊敬している。

 

「あなたの夢はなんですか。」

そう聞かれたとき、自分はやっぱり戸惑う。