考える鱒

モラトリアム文系院生のつぶやき

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学校の先生になることを諦めた話。

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先月、学部の同期と会う機会がありました。

とある日は、大阪の中学で英語の先生をしている奴と。

またとある日は、兵庫の中学で社会の先生をしている奴と。(この日は偶然会った)

2年目教師の話を色々聞いて、そういや教員目指していた時期もあったなぁと思い出させてくれました。

 

ということで、少し過去の話を。

特にそこまで思い入れはなかったけど、なんとなく教員の免許取れるなら取ろう、と思い免許に必要な授業を学部の時は受けていました。

科目は社会。

夏休みに合宿を抜けて面倒くさい集中講義を受けたりして、教育実習に臨むことになりました。3回の時ですね。

母校の高校に配属が決まりました。まぁ知っているので、やりやすい。

その前の事前課題がボコボコにされて(たぶん教師なめんなよ、と思わせるためだろうけど)から、1か月前くらいに担当が決まりました。

 

担任は自分も教えてもらったことがある先生。科目の担当の先生は学歴で判断したのか、他の人の話を聞いたところ相対的にかなりゆるい方でした。

それで2週間の教育実習。あっという間でした。他の実習生はみんな4回生なので、知っている人はいませんでした。同じ社会科の方とは仲良くなりましたが。

 

 

その教育実習を踏まえて、そこから学校の先生になることを諦めました。

 

 

なんか、違うなと。じゃあ何が合っているのかと言われたら答えられませんが。

面白さと悔しさが入り混じっていました。それなりに母校からはいい方の大学に行ったので学歴からちやほやされて、それぐらいで。

自分は「ファッション教育実習」だったなぁ、と。誰よりも早く帰っていたし、どうやって要領良く終わらせるかを考えていました。最終日には担当のクラスの生徒が泣いてくれて、自分も泣いて。よくあるやつです。もともと自分はそんな「ファッション教育実習」に憧れていただけかもしれません。

だから、今教師で働いている奴らの話を聞くと尊敬します。

 

中途半端に意識高い系の学生は「日本の教育が悪い」「キャリア教育をすべき」とか簡単に言っていますが、それは教育のせい・社会のせいにしすぎなだけであって、実際の教育現場はやっぱり泥臭くて、そして人間的にお互いを高めてくれる。そんな場なんだなぁ、と気づいたのは実習生としてプロの先生の授業を見学した時でした。

 

同期の教師と話していると、えげつない学校の裏側を聞けたりして、なんやかんや面白そうと思うのでした。外から聞いているだけなので。