考える鱒

モラトリアム文系院生のつぶやき

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教育ってあまり好きじゃない。

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教育ってあまり好きじゃない。

と思うのですが、なぜか「キャリア教育」みたいなものに携わっている、鱒です。

 

その「キャリア教育」では、就活生(主に今の3回生)と話して自分の持っているインプットを共有しています。

そこで思うことが度々あるのです。

相談されている時に、

「これからどうしたらいいと思いますか?まず何すればいいですか?」

みたいに聞かれることが多いのです。

 

ここで、困ってしまうのです。

①「Aもあるけど、Bのやり方もあるね。どっちがいいかは人によるし、そこは判断して動けばいいんじゃない?」

②「そうだね、多くの学生がAをやっているから、君もAをやるのが先だよね。」

 

何が違うか、わかりますか??

 

①は選択肢提示(相手に委ねる)、②ははっきりと道を示す感じです。

自分自身は①がいいと思うのです。選択肢を増やすことで、ちゃんとした判断ができるっていう考えです。

しかし、ほとんどの場合相手はそう思っていないのです。

こうした相談の場合は②のように、「とにかく決めてほしい」みたいなスタンスであることが多いです。

多分、「正解を先生に教えてもらう」感覚なのでしょう。それが、教育なんじゃないかと(彼らは教育とか意識していないと思いますが)。

 

実際に、「Aもあるけど、Bのやり方もあるね。どっちがいいかは人によるし、そこは判断して動けばいいんじゃない?」って言うと、

「人によるのはわかりますが、じゃあ私にはどっちが向いていると思いますか?」

という形になるのです。そりゃ、相談していたらだいたいその人のことがわかるので、どっちが向いているかとかはなんとなくわかるのですが。

 

それで、いいのか??他人に選択を任せて。

 

と、思ってしまうわけです。

 

でも一方で、相手がそう望んでいるならそうしてもいいかな、と思うわけです。

結局相談することで選択肢を増やしに来ているわけじゃなくて、何か次にアクション起こす自信が欲しいのかな、と思うのです。

それだったら、経験者・先輩として「こうしろ」とアドバイスする方が、「先輩がいいって言っていたから」という動機付けができ、いい意味での「責任逃れ」になるのかなと思います。

責任逃れなのは、もしそれでうまくいかなかったら「先輩が無能だった」で終わることができるので。でもまぁそれでいいかなと。アドバイスする以上責任は取るし。そんなんでポジティブに動けるようになるのなら全然いいのかな、と思うようになりました。

彼ら自身が未熟なことを気づいており、その上で先輩の価値観を押し付けられたいのであれば、まぁそれでいい・・・やっぱりそれでいいのか??(2回目)

 

 

結局教育ってこういうところが好きじゃないというか、自分には合わないんですよ。

教育って押しつけじゃないですか。正直なところ。

「押しつけじゃないように、ディスカッションやディベートで答えのないものを考えさせるのがいい」ってよく言いますが、それは「ディスカッションやディベートが正しい・いいものである」っていう押しつけなんですよね(以下無限ループ)。双方向授業やアクティブラーニングも同じことが言えます。

よく「偉い人になったら学校作る」って言う人いますし、実際に社長さんが学校作ることもあります(自分の中高もそうでした)。でもそれって「自分の考えは正しいから広めていく」みたいな動機で、立場がとても上からなんですよ。それが自分には合わない。

先生と生徒みたいな関係じゃなくて、同じ目線から情報を提供できるようなアドバイスができるようなものだったらいいなぁ、と思うわけです。

 

 

余談ですが、ちょっと意識が高くなったら「日本の教育は間違っている」「座学はクズ」「キャリアについて考えさせる機会を」っていう学生が多いですね。そんな考えの学生を生み出しているという点においては、確かに日本の教育は間違っているのかもしれませんが(笑)