考える鱒

文系院生がITベンチャーに迷い込んだブログ

MENU

世の中は妥協で回っている

会社の面接をしたり、内定を出したけど承諾先に迷っている子たちと話している。

 

「最後の決め手がありません」

 

ほとんどの学生はそう言う。

 

そりゃそうだ、だって決め手なんて基本的にないのだから。

基本的にない前提なのだが、その中から「人」とか「福利厚生」とか

死に物狂いで差別ポイントを見つけだす。

ひっそりと、そういうこと考える時間よりも、決定に時間をかけずに

社会人になって活躍できるように

本を読んだりプログラミングをやっておく時間を割いたほうがいいと心から感じる。

 

私は内定が1つだったので、幸せなことに運よく迷うことがなかった。

 

そして仮にそれを考えようが考えまいが、決断をしたとしても、

それよりもより合っている会社が見つかるかもしれない。

理想ではないけど、どこかで「妥協」をしなければいけない。

 

就活以外でも、そうだ。

結婚相手で、決め手は「顔」で結婚したとして、

「じゃあそれよりも好みの顔が出てきたらどうするの?」という「たられば」が

あるが、その場合により好みの顔と再婚するのだろうか。

 

もちろんそういう選択肢を取る人もいるが、選択がある場合

何かしらの「妥協」を意識的にも無意識的にも行っている。

 

選択は、何もそうした特別な場合だけではない。

朝起きてベッドから出るかもう一度寝るか、

起きたら歯を磨くか顔を洗うか水を飲むか、

服は何を着ていこうか、、etc

 

日々の生活で、数多くの選択肢があり、決定してきている。

 

朝起きて外を出たら、お迎えが待っているのが理想かもしれないが、

現実は何かしらのハードルで妥協をしている。

 

妥協を前提にして、妥協した中の選択肢から

どれだけいい・理想に近い選択をしているか?が重要だと感じる。

 

抽象的な話しかできないが、うまくいっている人は

そもそもいい・理想に近い選択しか残していないケースなのではないだろうか。

 

いずれにせよ、その前提としてあるのは「妥協」であり、

妥協のラインが幸福度には影響があるだろう。

 

追記

さて、問題は「妥協」できる人ほど使えるカードが多いはずなので

選択肢が多いのだが、選択肢が多すぎても結局選択を迷う。

「妥協」できるハードルが高い人は使える選択肢も少ないので

シンプルな意思決定ができるのではないかと思うが、現実そうでもなさそう。