考える鱒

モラトリアム文系院生のつぶやき

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問題をドライに

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授業では、自分は基本的にドライな論調だったらしい。

合理的ともいわれる。

医療・介護ゼミで、とある院生が「将来親の面倒を見たいから地元に残りたい」と言っていたが、自分は反対の「不都合なら別に自分が見る必要ない、そもそも望んで生まれてきてない」っていうと、冷たいとか言われたなぁ。

公共性・哲学ゼミで、もし自分の娘が援助交際していたらどう止める?という議論では、自分は「そもそも止めるかはわからないが、5万もらうためにやっていたら自分は6万出して止めさせる」という立場の人間だ。感情的な人は、「いけないということを理解させてやめさせる」らしい。

自分にとっては、後者は問題解決になってないから意味ないじゃんという考えだ。もちろん正解はないんだけど。

感情に流されずに、問題の本質をとらえないといけない。

 

援助交際をしたい人は多分いない。せざるを得ない人はいる。なぜならお金が足りないから。ここでの根底の問題は、「お金がない」ことである。援助交際はその解決手法でしかない。

もし、感情的に援助交際はいけないということを説得させたとしても、「お金がない」という問題は解決されない。そうしたら、今度は泥棒とかに走る可能性もある。

 

だいたい、こんな論理だ。以下テンプレ。

 

戦争をしたい国は多分いない。せざるを得ない国はある。なぜならお金・資本が足りないからである。自分たちの生活が満たされていたら、ISもきっと暴れていない。暴れる必要がないからだ。

そこを武力で沈めたところで、イタチごっこでしかない。ISがなくなったとしても、第二第三のISが生まれてくるだけだ。

歴史教科書問題はたまにニュースになっているが、「間違った歴史認識をしてしまうと戦争につながりかねない」と批判する人がいるけど、全くの的外れだ。過去の戦争を美化したからとか、他の国が嫌いという理由だけでは戦争は起きない。経済的に苦しくなると他を侵略して生き延びていくしかない。

 

原発を近くに置いて住みたい人は多分いない。せざるを得ない人・自治体はある。なぜならお金が足りないからであり、原発を誘致したらお金をもらえるからである。

そこを隣の都道府県の人(よそ者)たちが、「原発反対」とデモをしたところで、何も解決しない。原発がなくなったら貧困になるだけだ。デモをしているのはよそ者ばかりで、勝手に住民のためになると思っている独りよがりだ。

 

根底からいじめたい子どもは多分いない。せざるを得ない子どもはいる。その理由は多様だが。何からしらストレスを抱えている。親や先生の環境のせいかもしれない。

そこを、「いじめはいけません」と上から注意したところで、なくならないのは自明だ。別の子がいじめられていく。

もはやいじめを起こすトリガーは現代では完全に取り除けないので、「いじめを完全になくす」ことよりも「いじめがあってもなんとかやっていける」環境を作ることが、真の問題解決ではないだろうか。

 

浮気をしたい人・・・はいるかもしれない。けど、多くはせざるを得ないのではないだろうか。寂しいからとか、会えないから、満たされないから。それはパートナーの責任でもある。

そこを、「浮気最低」と注意・怒ったところで、根底の問題は解決されていない。寂しさを紛らわすために、アイドルに走ったり二次元に走ったりするかもしれない。しないかもしれない。タバコや酒かもしれない。もともと浮気性の人だったら、しかもそれが嫌だったら、怒るエネルギーも使わずに別れることが最良の問題解決だ。

 

感情に流されて間違った処理をしてしまうと、短期的にはよくても長期的にはよくない結果になるんじゃないかと思う。

自分は社会運動が嫌いだ。だいたい感情でしかない。当事者のことを深く考えずに、自分たちの都合のいいことを言っているだけだから。

 

 

部活をやっていた時は、練習に来なかったり遅刻する奴を「いけないのわかっているよな、次からはちゃんとな」スタンスで注意していたけど、あれも間違っていたなと思う。

練習に来なかったり遅刻するのはなんでか?を考えるべきだったと。根底の問題を解決できる打ち手があれば何か変わったんだと思う。解決できないのなら、止むを得ないものだったかもしれない。

基本的に注意したり怒るだけでは、問題解決にはならないはず。そこを根性論でまかり通る体育会って改めてすごい組織だと感じるし、今はもう入れない。

 

どうでもいいけど、ビジネスの本質は問題解決だよね。