考える鱒

モラトリアム文系院生のつぶやき

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社会のレールと、外れた人の行方について考える

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自然と、社会にはレールというものが存在する。

小さい時から有無を言わさず学校に通い、

必死に勉強して、有名な企業に就職する。そんなレールが。

 

自分は東大には行けなかったが、それなりに勉強してそれなりの大学に入った。

ここまではよかったのだが。

学部の就活で内定を1つももらえず、第一線のレールから外れることになった。さよならエリート街道。

そんで文系大学院に入院。第一線からは外れたものの、なんとか就職先も決まった。

 

当然だが、こんなのはまだ恵まれている方だ。

 

受験で失敗する性質・属性の人もたくさん知っている。

そもそも、何かを頑張ることが得意でない人にはつらい。

 

でも、社会ってそんなもんだ。

人間は増えすぎたから、競争にさらされていくだけ。

頑張った順に椅子が与えられる。椅子のグレードは、生活のグレードだ。

 

このシステムすら認知していない人だっている。

 

また、わかっていても頑張れない、楽な道を選んでしまう人もいる。

それが先天的なものか、後天的なものかはわからないが。

第一線のレールから外れた自分にも理解しがたいぐらい、何かに必死になれない人がいる。継続しない人がいる。

自分にものすごく甘いし、意識が薄いんだろうか。

ある意味で、今を楽しく生きているんだろうけど。生きていること自体に責任があって。

親だったり、周囲の人だったり。そういう関わりの中で生きている。その責任は果たしてほしいし、他人を悲しませることはしてほしくない。

 

こういう人をどうやって変えたらいいのかが、今の自分には全くわからない。

他人を変えるのは堂々としたエゴだし、自分のため。

なんで変え方がわからないか?それはシンプルに自分は経験しなかったから。

そういう、もっと前から大きく外れてしまった人の気持ちがわからない。

「なんでできないの?自分はできたのに」という非常に本質的でないアドバイスをするのが精いっぱいだ。

 

社会のレールに一度外れたら、リカバリーするのはかなり難しい。

というか、労力がかかる。レールを外れるような人がリカバリーするのは運も必要だと思う。

そもそもレールにとらわれている時点で問題かもしれないが、今の社会がレールに沿うゲーだからなぁ。