考える鱒

モラトリアム文系院生のつぶやき

MENU

さとり世代の生き方

f:id:jmath:20170918144108j:plain

ゆとり世代っていう言葉もあまり聞かなくなったけど。

社会学で若者を語る際、さとり世代という言葉も出てきていた。

特に何かやりたいこともなく、バブルも崩壊して悟ったような生き方をする人のことを指していた。

 

じゃあさとり世代はっていうと、どれくらいいるんだろうか。

 

草食系男子って言葉があるけど、彼らも彼女は欲しいわけで。

彼女なんて全くいらない=絶食系、はそこまで聞かない。知らないだけかもしれないけど。

 

何かをさとっているのとは違い、

インスタ映えに勤しみ、自分の趣味に費やす若者っていうイメージがある。

 

車とかわかりやすいものから、ネットのコンテンツというわかりにくいものに、見えにくいものに移行したというのもあるけど。

 

他人の目をやたら気にする人が多いなぁって思う。

自分も小学校の時から、高校ぐらいまではそうだった。

大学でも、序盤は1人で授業に出るのが嫌だったし。

何か、仲間がいないと生きていけなかった。

何かはわからないけど、確かに何かが存在した。

 

それでもコミュ力がなかったもので、1人でやらざるをえないとなったら

一気に変わってしまったんだろう。

 

何も抵抗がない。

 

1人でカラオケに行けないとか、1人でスタバに行けないとか。

 

なんかそういう人もいるらしいけど。

 

他人からの影響を受けて合わせるのでもなく、影響を意識して反発するのでもなく。

 

ただ流せばいいんじゃないかなぁ。

M2の時にそう思ってから、1年半ぐらいになる。

 

結果論になってしまうが、アドラーの『嫌われる勇気』が売れたのは他人からの影響で生きている人が多いからなんじゃないかなぁ。

人は1人では生きていけない、団結していくべきだとか、ソーシャルキャピタルがどうとかいうのは大学院にも行ったぐらいなので社会学で嫌というほど聞いてきたけど。

 

こういうことを人に話すと、「仏教っぽい」「ブッダの生まれ変わりかよ」というなんともリアクションしづらいのだけは困る。

逆にそれぐらいしか困らないので、便利だったりする。

さとり世代って、それはすごく生きやすく、いいんじゃないかなぁ。

 

「常識」とか「非常識」とかにとらわれず、自由にやればいい。