考える鱒

モラトリアム文系院生のつぶやき

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生徒会の何でも屋

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中学生のころの話。

テニス部は同期同士で陰湿に揉めあい。

初恋は初恋のまま。

成績はそれなり。

目立ちたくなくて必死だった。

 

そんな小学生のころから続いた何もない生活に、少しのスパイスが加わった。

 

「生徒会やってみない?」

中2の3月ごろ、担任から突然声をかけられた。

当時の担任は数学の先生で、中2の後期から数学の成績が伸び始めていて気に入られたころだった。ちなみに中高一貫だったので、その後高3まで同じ担任だったっていうのはまた別の話。

 

「突然言われたので、ちょっと考えます」と素直に言った。

「明日までに返事ちょうだい」まさかの締め切り早すぎだろ・・・と思いつつも、頷くしかなかった。

 

当時は意思も特になく、ただ流れに乗っていただけだったので、楽観的に考え生徒会にジョインすることになった。あ、意思がないのは今もだけど。

こういう場合、立候補ではなくて推薦での就任ということになるらしい。なんかかっこよかった。

 

まぁ状況は察していて、中学生徒会に立候補する人材がいなかっただけだ。本来新3年生が中心を担うはずなのに、誰も手をあげなかった。そこで私含む3人が皆推薦でやることになったのだ。

残り2人の男子も、私と気軽に話せるというか、ノリが合う奴だったのでよかった。

何よりも、「なんかわからんけどやるからにはがんばろうな」という空気感が共通していてやりやすかった。

 

副会長・書記・会計の3人。私は会計。

高校部が会長・副会長・書記・会計の4人。合計7人態勢が始まった。

 

といっても、ルーティン作業は地味。

パン屋の当番をなぜか週1で交代でやらされるわ、

募金ウィークには早く登校して学校内で募金活動するわ。

 

週1のミーティングが確かあったはずだけど、参加率が悪かった。

私は生徒会を理由にテニス部を辞めていたので、何もすることがなく参加していたんだけど。

 

そんなんだけど、やってくる文化祭の波。

9月に向けて一大プロジェクトが始まった。というか1年を通して文化祭しかメインプロジェクトがない。

有志ライブの段取りとか、合唱コンクールがどうとか。

模擬店がどうとか、いろいろまとめていた。

特に自分はやることがなかったんだけど。

 

夏休みに入って、何度か学校に来て活動していた。

あの時はなぜか楽しかった。パンフレットを見て、誤字脱字がないか確認するだけなんだけど。

先輩の作ったパンフレットが誤字脱字多すぎてビビった。

 

1週間前からは、生徒会の活動めちゃくちゃしていた。

クラスの出し物や合唱の練習を抜けて、設営やらミーティングやら。

逆にそちらに回ることで、クラスの一致団結感からはハブられていたけど。よくあるやつだ。

 

いざ本番を迎えるわけだけど、演劇が途中で音楽止まったり、

新たに取り入れた投票制度が身内票ばかりになったりとなんかいろいろあった。

なぜか校内アナウンスで個人名で呼び出されたらしいし。なんでだ。

 

普通に遊ぶ時間も与えられたんだけど、クラスで居場所もなかった自分は何もすることなく、気づいたら本部受付にいてた。

なんだろうな、このやるせなさは。

と思いつつも、本部でスタンバイして人が足りないところに飛ばされる、ということをしていた。

何でも屋としてしか、居場所がなかった。

 

そんな感じでほとんど休むことなく怒涛の文化祭2日間が終わった。

 

何かはわからないが、やり切った感はすごく出ていた。

あんなやり切る楽しさを味わったのは、初めてだったかもしれない。

私と同期の弟がいて、美人の生徒会長。

しっかりしているお嬢様な副会長。

バスケ部だったはずなのに顔が黒い、イケメン書記。

変わり者で後に医学部に行くことになる会計。

ちょっとナルシストだけど頼りになる中学副会長。

眼鏡が似合う、話の面白い中学初期。

音楽の先生だけどピアノが苦手な、生徒会担当の先生。

 

よくわからないメンツで構成された生徒会という一つのプロジェクトは、色々あった後に任期満了により解散した。

あの愛着のわいたおんぼろな生徒会室も、1年後には校舎建て替えで消え去った。

 

これは完全に余談なのだが、、

生徒会担当の先生は私の小学生5~6年に担任だった先生のお姉さんにあたり、

プロジェクト終了直後に、誰も予想していなかった生徒会長と高校会計が付き合うことになり、

その数年後の教育実習で生徒会長と高校書記と再会することになり、

中高一貫なのに高校から外部に出た中学副会長はその後私と同じ大学に編入してくることになったりした。

 

そしてまた、生徒会解散後は授業終わり後に直帰してスーパーニュースアンカーを見る、なんでもない日々に戻ったのであった。

 

・活動なんてやってみないとわからない

・仕事がない役割はつらい

・生徒会でできることなんて、たかが知れている

以上3点のことを学び、経験した。