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考える鱒

モラトリアム文系院生のつぶやき

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学生広報チームを引退しました。

(退職エントリ風のタイトル)

 

本日にて、2年間活動していたチームを引退することになりました。

一応、仕事は全部終わったのかな?うん。

先に言っておくと、めちゃくちゃ楽しかったです。

 

時系列で思ったこと書きます。控え目に言って長いので注意。

1年目前期

「自分のいる大学内で新しい組織立ち上げます!1期生募集!」

みたいなポスターが回ってきたのは、B4の1月頃だった。

まぁ大学院進学するし、部活も引退したから暇だよなぁ。

新しいコミュニティに一応入っておくか、ぐらいのノリで応募。

「月1のミーティングがあります(授業優先)」と書いてあったし、まぁ忙しくてもなんとかなるだろと思っていた。今考えるとゆるすぎてヤバいやつやんこれ。

 

初期のメンバーは10人弱ぐらいだったと思う。

そこの立ち上げの言い出しっぺ、要するに自分たちの上司は大学職員さん。

思ったよりも若くてびっくり。だけどお堅い印象。

いきなり部署ごとに分けて活動することを想定していたみたいなので、自分は取材とかで広報活動できるところを希望した。そしたら5人くらいだった(部署重複するメンバーもいたけど)。

当時はマスコミ業界に興味があったので。っていうかマスコミに就職できなかったから大学院に入った。

偶然にも同い年、同じ学部のNさんという人も同じ部署に。今まで何も接点なかったけどな・・・。

この当時の自分は就活失敗・彼女なし成績も顔ももちろんよくないのに対し、Nさんは美人で成績優秀もちろんリア充(彼氏も後に某商社に就職するスペック)とかいう、スペックの差が天と地だったので最初は絡むのも申し訳なかった。っていうか今でもあんまり埋まってないやんこれ

 

この頃の活動は、具体的な取材とかよりもまず活動インフラの整備。それにメンバーが仲良くなることがメイン。

なので週1で学生だけの部署ミーティングをして、その後飲みに行ってた気がする。飲みサーやん

この組織関連の飲み会の7割は1年目前期にやった。自分とNさんと先輩の3人でワインたくさん空けた時はヤバかった。何がヤバかったかは覚えていない。

硬派の上司と、学生らしさを出したい学生で議論してた。今思えばわがままだった。

疲れがたまった。

やる気が上がった。

コミュ力ポイントが上がった。

飲みスキルが上がった!

 

1年目後期

他の部署があまり仲良くなれていないっていうことでチーム全体での飲み会をして、そこでの2次会で新規サービスの良さげなアイデアがでてきた。

次のミーティングで、3人で提案したらすぐ通った。このころからかなり上の方も融通が利いてきたような気がする。

他は取材したり、新規メンバーの勧誘活動をしたり。

ようやくインフラが整ってきたので、部署内で具体的な目標を設定。対面ミーティングもしたけど、基本リモートワークで個人プレイになってきた。目標期限の年末までに怒涛の取材ラッシュをして、他にもいろいろ頑張って数値達成。短期的に見れば一番集中してやった時期だった。

その中で圧倒的にバズった記事も出てきたし、楽しかった。自分の担当じゃなかったけど。

それと、お酒レポの記事を書くためにでお酒飲みながら鍋食べたのはいい思い出。やっぱり飲んでるなぁ。

疲れがたまった。

体力の最大値が増えた。

やる気が上がった。

提案ポイントが上がった。

コミュ力ポイントが上がった。

飲みスキルが少し上がった!

 

2年目前期

個人的に一番頑張った。2期生の後輩が入り、(学年的に)先輩が出て行かれた。

後輩を引っ張っていく感じのことを期待されてしまった。

自分とNさんは、サッカー日本代表でいうところの遠藤・長谷部ポジションという感じになった。ハリル監督=上司、みたいな構図。

そうなると、チームで必要なのは絶対的エース。岡崎や本田がいないと組織として強くなれない。

ということで、駅近くのカフェで「後輩を本田圭佑みたいな存在にしたい。代表でキャプテンは長谷部だけどチームの顔は本田だし、給料たくさんもらっているのも本田だ」ってNさんに語っていた覚えがある。後輩の育成目標はこれだった。

この頃、最高のリーダー、マネジャーがいつも考えているたったひとつのことをちょうど読んでいたので、新しく入った後輩1人1人と面談して本に書いてあることを質問したりした。

また自分がミーティング言い出しっぺなポジションになったので、準備は欠かせなかった。必要ならNさんと事前に会って打ち合わせしていたし、マネジメント系の本もたくさん読んだ。このチームに入ってくる人はそんな優秀な人ではないと気づき、「普通の人をマネジメントする」ためのノウハウが欲しかった。

そういう意味で、リーダーのための! ファシリテーションスキルは大いに役立った。っていうか自分のミーティングのやり方はほぼこれをパクった参考にした。

 

 自然と自分とNさんがリーダー・マネジャー的なポジションな感じになったけど、明記はしなかった。役職のために活動しているんじゃないし、「役職とかにとらわれない最先端の組織にしたい」とか言ってた。調子乗ってたなぁ。

いくらマネジメントとかできても、成果が出ないとみんなのモチベーションも出てこないので結果にももちろんコミットした。っていうか一番気にした。後輩たちにはおいしい仕事を優先させて、自分たちは比較的泥臭い仕事をやった。

前期の数値目標はあと1だけ足りなかったけど十分伸びたし、「とりあえず入ってみたけど先輩についていったら結果が出るんだな」ぐらいの達成感は感じてもらえただろう。やる気があるから成果が出るのではなく、成果が出るからやる気が上がる。そうして当事者意識を持っていくと信じていた。

 

部署を超えた、チーム全体での人手不足(特に時間ある人がいない)から自分の部署だけでなく他のプロジェクトにもアサインされるようになった。新規サービスのミーティングに出たり、デザインとかも。院生って学部生より単位の縛りが少ないから暇なんですね。そこでの新規サービスで全国紙に取材されたりとかもした。残念ながら名前の全国デビューはできなかった。

疲れがたまった。

リーダーシップポイントが上がった。

マネジメントポイントが上がった。

提案ポイントが上がった。

コミュ力ポイントが上がった。

デザインポイントが上がった。

 

2年目後期

後期も、前期と同様に後輩と1対1で面談するところからスタートした。

しかし1年目後期もそうなのだが、あまり活動に参加できていないメンバーは辞めていく時期。結構面倒見ていたけど、こればっかりは仕方ない。

逆に、最初から本田圭佑候補として特に期待していた後輩3人はほぼ100%ミーティングに参加するようになったし、当事者意識も上がりスキルも身についていった。最初はまともなLINEの返事もできなかったからね。ピグマリオン効果って本当にあるんだなぁと感じた。

この時期は自分がイラレ・フォトショでデザインした宣伝用ポスターが大学内でめっちゃ張り出された。知名度アップのため自分が提案したものだけど、自分が作ったものが大学中に貼られているのはなんか違和感もあったり。

他にもこれまた新規サービスのインターネットラジオにゲスト出演させてもらったり、水面下で動いている企画プロジェクトのアドバイス上からしたり。必要に応じての活動っていう感じだった。

上司からも相談受けるし、こちらからも相談したり。マッキンゼーのエリートはノートに何を書いているのか等を参考にしながら、上司に現状の改善策を30案ぐらい一気にぶつけたりした。なんだかんだ上司と話しているのは楽しかった。そういやこの時期上司は新婚さんになられた。

 

取材部署の方は・・・Nさんはじめみんなが忙しくなったのもあって、前期ほど活動できなかった。もちろんやるにはやったけど。

それよりも、期待していた3人には3期生という新規勧誘のプロジェクトをやってもらうことに。育成メインだったかな。

年明けてからなんやかんやで雑務を終え、最後の飲み会もしたりして今日に至る。

本田圭佑候補の3人のうち1人が、次期体制の全体リーダーになったそうだ。しかも新メンバーがまた入り、早くも上手くいってそうなので彼らには彼女彼氏を作ってほしいこと以外は何も心配がない。

疲れがたまった。

リーダーシップポイントが上がった。

マネジメントポイントが上がった。

提案ポイントが上がった。

デザインポイントが上がった。

メッセージカードを手に入れた!

●●●(諸事情により非公開との指示)を手に入れた!

 

こうして・・・

俺の学生広報チームでの生活は、幕を閉じた。。(パワプロサクセス風)

 

そして、自分の学生生活の修了と同じタイミングで上司は異動になりました。

 

終わりに

 2年間なんてすぐだね。こんな自分に居場所を与えてくれて感謝。

上司は、最初お堅かったけどある時からとても受け入れてくれるようになったし、好き勝手やらせていただいた。裁量権というか、どんどん手を上げたら任せてもらえる環境がたまたま合っていた。

Nさんにしても同様。もともと高スペックだけど頭の回転早いし、アイデア出す力は自分よりもはるかにあった。だけどそれを誇示することはしなくて、いい意味で承認欲求が薄くて他人を立てる時は立てる、人間的に素晴らしい人だった。一緒に仕事したい同期ランキング圧倒的1位。たまたま人に恵まれていました。

このチームの活動に愛着はあるけど、執着はない。みんなビジネスライクな関係だし、特に寂しいとも思わない。この活動・経験にとらわれず、強いて言うならこれから社会人になっても楽しさを追求していきたい。