考える鱒

モラトリアム文系院生のつぶやき

MENU

ゴミ就活生だった時の就活失敗談

f:id:jmath:20170312185035j:plain

学部生のころ、自分は15卒として新卒就活市場に参入。

まぁ、失敗しました。その時の話。

 

やった就活の概要

15卒は、3回生12月から就活解禁、翌年4月1日から内定出すよ!って経団連の偉い人が言ってた時代。今よりも早いね。

リクナビマイナビさんに登録したのは夏ごろだったけど、夏のインターンとかは、部活と重なったりして行ってない。というかそもそもほとんどチェックしてなかった。

当時別に就職したい業界・会社とかなかったし(今でも特にないけど)、先輩たちの話を聞く限り銀行は嫌だなぁぐらいに思っていたぐらい。

強いて言うならマスコミいいなぁと思っていたかな。

3回生10~11月ぐらいから、大学で行われていたセミナーにぼちぼち参加していた。

グループディスカッションの練習とかやった。

それで、就活している気になっていた。

12月から解禁だったので、合説に参加したり、説明会エントリーしたり。

マスコミと、あとは教育業界も適当にエントリーしていた。どちらも早いところは12月末から選考していた。

でもマスコミ、とりわけ新聞の本番は4月だった。ESはそれまでに出し終え、筆記試験から怒涛の面接ですぐ決まっていく。

筆記試験で落ちたり、筆記は通っても面接で上手くいかなかったり。そんな感じだった。

印象に残った質問は今でも覚えている。

「君がウチに就職することになって、被災地に取材することになった。現地の人が「助けてほしい」とお願いごとをされた時に時間をとって助けるか、それとも自分の取材を続けるか?」

 

「取材、とりわけカメラ撮影において一番大事なことは何だと思う?」

この後、自分は就職できず学生を続けるわけだがそこでの活動において、自分に大きく影響を与えた質問だった。

 他にも、「お酒飲める?この業界は飲むのが好きな人多いから」みたいなフランクな質問もあった。お酒は飲めるに越したことないんだろう。

マスコミ大手グループ会社は最終面接にこぎつけるものの、撃沈。

その後、選考を止めていた教育業界系の選考に。

某企業の最終の1つ手前で「自分は日本の教育を変えたいです」みたいな意識高そうに聞こえることを(ウケがいいと思って)言ったら、面接官に「君にできると思ってんの?ウチでできるわけないじゃん、現実見ろよ」と半ギレで説教された。しかも驚くことに、その面接は受かった。よくわからんわ。

結局、その次の最終面接で落とされたんだけど。あれはよくわからんわ(二度目)。圧迫だったのかな??

それと並行して新卒エージェント的なところにも面談したけど、「鱒くんは何がしたいかわからない、もっと自己分析進めないとやばいよ」と言われて終了。

その頃に、卒論の兼ね合いもあって教授のところに就活状況を伝えたら「鱒くんがマスコミなんかには行けないと僕は思っていたよ」とバッサリ言われた。さすがに辛かったが、交渉?して教授から留年or大学院進学という新たな選択肢をいただいた。

「就活これからどうしていいかわからないので、大学院進学を考えています」

「院の入試受かったらいいよ」

こうして、何一つ成果を出せずに自分は新卒就活市場から撤退することになった。

失敗要因

就活のお役に立てれば。

・夢見ていた。市場価値の見極めをしていなかった。新規参入も遅かった。

・ES筆記は苦労しなかったけど、GD面接がゴミ。圧倒的コミュ障。

・業界を絞りすぎた。食わず嫌い。

・OB訪問大事!とか言ってたけど、全くしていなかった。OB訪問が本当に大事かどうかはともかく、全体的に行動力が足りなかった。

・自分で思考することをしなかった。流されて就活スタートさせて、追いて行かれた。

・自己分析しなさすぎ。企業選びの軸もあいまい。この前、当時のESやノートを見返していたら吐き気がしたレベル。

・説明会で質問とか1回もしなかった気がする。逆質問もその場で考えていた。無難な就活生。そりゃ、高い倍率に埋もれるよね。

・選考の準備不足。そもそもどう準備すればいいかわからなかった。

・↑の要素たちをざっくりとまとめると、PDCAを回していない。っていうかDoが足りなかった。

 

学歴カードを無駄に使った結果がこれだ。豚に真珠。まぁ別にめちゃくちゃ頭いい大学ではないけど。

改めてひどい。3年前のことだけど、そりゃ「無い内定」だろうなと客観的に思う。

3月に入ってリクスー来ている大学生があちこちで大量生産されているけど、頑張って内定という椅子を知らない誰かから奪ってくださいね。生きるため、競争はやむを得ない。